ミニマムライフ世代 6歳までの時代背景は?【幼年期】

ミニマムライフ

こんにちは。

ミニマムライフ世代ブロガーのたっくです。

僕は1985年生まれで、1980年~1988年に生まれた人々を「ミニマムライフ世代」と呼ぶそうです。

ミニマムライフ世代の特徴としましては、こちらの記事をご参照ください。

ミニマムライフ世代とは?

こんにちは。

ミニマムライフ世代ブロガーのたっくです。

僕は1985年生まれの男でございますが、

 

僕の生まれた世代は、いろいろな呼び方があるみたいですね。世代の呼び方というのは、いわゆる「団塊の世代…」とかそういうものです。

 僕も最近常々感じておりますが、やっぱり世代によって、仕事の進め方や考え方、つまり価値観が違っているので、なかなか理解しづらい事ってありますよね?

職場の上司にあたる人がこの世代(ここでいうミニマムライフ世代)の人だったり、部下がこの世代にあたる人だったりするあなたは「う~~ん、この世代のやつは何を考えてるのかよくわかんないな。」

そんなことを感じる状況って多くないでしょうか?

通常、「価値観の形成には時代背景周りの環境が大きく影響を与える」というようなことがよく言われております。

なので、今回はその「時代背景」の部分、6歳までの「幼年期」と呼ばれている頃までを振り返ってみたいと思います。

あなたの職場の「ミニマムライフ世代」の上司や部下を知る参考にしていただければ幸いでございます。

スポンサーリンク

1985年

「プラザ合意」

まずは僕が生まれた「1985年」からです。

大きなトピックとしてはこの年の9月22日に日米間の貿易格差を解消するため、「プラザ合意」が結ばれました。

そのため、その年は円高になったため、貿易赤字による一時的な円高不況になりました。

しかし、これが翌年以降の「バブル景気」へのきっかけになったと言われております。

ここの詳細は後述しますね。

ちなみに当時の首相は「中曽根さん」です。

この頃は、「第二次中曽根改造内閣」と言われています。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E5%BA%B7%E5%BC%98

「ショルダーフォン」

1985年は携帯電話の先駆けと言われている「ショルダーフォン」がNTTから発売されました。

引用:https://time-space.kddi.com/digicul-column/bunka/20160614/

僕の世代だとバラエティーなどのTV番組で「笑いのネタ」として登場する時に見たくらいで、実物はもちろん見たことがありません。

が、やっぱりでかいですね!

こちらはNTTの「ショルダーフォン100型」で2.6キロあったそうです!

何でそんなにでかいのかと言えば、ガジェット好きのあなたなら何となく想像がつくかもしれません。

この肩からさげている箱は「バッテリー」なんですね。

「バッテリー」は技術の進歩によって、どんどん軽量化していきますが、当時はこのくらい。

ちなみに当時はこの大きさで「連続通話時間約40分」「連続待ち受け時間約8時間」です。

う~~ん、短い…

そして、お値段はというと…

  • 初期費用…約23万円
  • 基本料金…26000円
  • 通話料…6秒10円(1分100円)

今では考えられない料金設定ですね。

当時は経営者の方など、一部の富裕層の方が利用するのみで、一般の方には普及しませんでした。(そもそも一般の方がターゲットではなかったでしょうしね。)

尚、日本電信電話公社(電電公社)が民営化し、日本電信電話株式会社(NTT)になったのもこの年です。

「 スーパーマリオブラザーズ」発売

1985年は名作ゲームである「スーパーマリオブラザーズ」がファミコンで発売された年でもあります。

このゲームは日本国内で681万本、日本国内だけでなく全世界では4,024万本を売り上げ、「世界一売れたゲーム」としてギネス世界記録に登録されているそうです!出典:Wikipedia

僕の世代ではこの後の1990年に発売される「スーパーファミコン」の前、このファミコンから「PlayStation 2」くらいまでの家庭用ゲーム機に大体の人がハマっていた世代になります。

引用:https://www26.atwiki.jp/gcmatome/pages/3410.html

1986年

「バブル景気」のはじまり

続いては、「1986年」です。

この年は日本の歴史においても重要な出来事がたくさん起こっている印象です。

また世代間の価値観の形成に大きく影響を与えた「バブル景気」が始まったのもこの年の12月からです。

ちなみに「バブル」っていう現象自体は「バブル経済」と呼ばれ、

概ね不動産や株式をはじめとした時価資産価格が、投機によって経済成長以上のペースで高騰して実体経済から大幅にかけ離れ、それ以上は投機によっても支えきれなくなるまでの経済状態を指す。多くの場合は信用膨張を伴っており、投機が停止すると一転して信用収縮に陥る。

引用:Wikipedia

このようにWikipediaでの説明でも記載してある通りで、「『時価資産価格』が『実体経済』から大幅にかけ離れて高騰してしまう現象」です。

ちなみに日本の「バブル経済」が起こった時期「バブル景気」と呼ぶみたいです。

景気動向指数(CI)上は、1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月までの51か月間に、日本で起こった資産価格の上昇と好景気、およびそれに付随して起こった社会現象とされる。(中略)

ただし、多くの人が好景気の雰囲気を感じ始めたのは1987年10月19日のブラックマンデーをすぎた1988年頃からであり、政府見解では、日経平均株価が38,957円の史上最高値を記録した1989年12月29日をはさみ、1992年2月までこの好景気の雰囲気は維持されていたと考えられている。

引用:Wikipedia

実体からかけ離れた高騰により、「好景気」となって、それに付随した様々な文化や社会現象が生まれた時代をバブル時代とWikipediaでは定義しております。

なので、ここからはその「バブル景気」の影響に付随して始まった「バブル時代」に関連した出来事も多くなっていきます。

「男女雇用機会均等法 」施行

僕らの世代にとっては当たり前である「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」が初めて施行されたのも「1986年」からです。

1999年の改正時に初めて禁止事項になった規定が多く、この段階では各種差別禁止の項目が努力規定であったため、さまざまな批判も多かったみたいです。

「この時にすでに青春を終えていた世代は『男は…、女は…』と特にうるさいな」と感じるのが僕ら世代の印象です。

「ドラクエ」 発売

僕らの世代は大体がゲームが大好きな世代です。

そして、多くの人がハマった「ドラクエシリーズ」の1作目「ドラゴンクエスト」は、この「1986年」に発売されました。

キャラクターデザインは、これまた僕らの世代が大好きな「ドラゴンボール」の作者である「鳥山明」さんが担当です。

ですが、僕らの世代がリアルタイムでプレイしていくのはもう少し後のシリーズになります。

引用:https://renote.jp/articles/4699

「新人類」 誕生!?

今でも世代間の区分としても使われている「新人類」という言葉は「1986年」の新語・流行語大賞に選出されています。

当時の若者全体を指して使われるようにもなり、1980年代半ばに入社してきた当時の新入社員を指して当時の管理職(世代的には焼け跡世代に相当)が、「一風変わった若者 = 新人類」と呼んだ。

引用:Wikipedia

どの世代間にもあることですが、この年代の管理職の方は特に「近頃の若者(新入社員)は理解できん…」と強く思ったんでしょうね…

そして、この世代である「新人類世代」というのは後に「バブル世代」と呼ばれる世代でもあります。

厳密には、下の感じで生まれた年によって分けられているみたいです。

・新人類世代 1961年~1970年生まれ

・バブル世代 1965年~1969年生まれ

引用:Wikipedia

また、この「新人類」の特徴としては、

成熟した成人として、社会を構成する一員の自覚と責任を引き受けることを拒否し、社会そのものが一つのフィクション(物語)であるという立場をとるとされた。音楽でもテクノポップの流行など、社会的にも無機質な変容が感じられた時代に、高尚な哲学や思想を語ることも、一種のファッションとしての地位を得た。(中略)

新人類世代の共有体験は、受験勉強以外にも、テレビ番組や漫画・アニメ、ロック、テクノポップ、洋楽などといったサブカルチャーの体験を特徴とする。1980年代は「ネクラ」「ネアカ」という言葉が流行り、社交的で軽く明るい性質が賞賛される傾向が強くなったが、新人類が生み出した若者文化は「ネアカ」志向であった。フォークソングは湿っぽいとして廃れ始め、ロック音楽が流行り、ヘヴィメタルが台頭し始めた。(中略)

新人類が子育ての時期に入った1990年代は教育不信や公務員不信のムードが強まり、一部の親は学校社会において「モンスターペアレント問題」などを引き起こした。大都市圏を中心に、子供を中学受験させて、私立の中高一貫校に行かせる傾向がさらに強まった。

親子の葛藤は少ないというのも特徴の一つである。親子間の文化の壁が小さく、いわゆる「友達親子」(一卵性母娘)型家族が増えたのもこの世代の特徴である。

引用:Wikipedia

このような感じで、現在ではネガティブな印象を持たれることが多いというのも特徴として言える世代かもしれません。

もちろん、人によって当然差があり、この世代でも地味で謙虚で大らかな性格の方を僕はたくさん知っております。

1987年

ゴッホ「ひまわり」 53億円で落札!

有名な画家の絵画を落札した日本人として「ZOZOTOWN」の代表取締役である前澤さんが「バスキア」の作品を約123億円で落札したことが大変話題になりました。

バブル景気時には、前澤さんのように個人としてではなく、企業の「メセナ(企業による芸術・文化支援活動)」の一環と有名な画家の絵画の落札のブームが起こっていました。

(当時の流行の「不動産投資」などを代表とした企業の「財テク」での面ももちろんあったと思いますが)

そして、「ゴッホ」の「ひまわり」も日本人によって、ロンドンのオークションで約53億円で落札されました。

落札したのは安田火災海上保険(現:損保ジャパン日本興亜)で、現在でも新宿駅の「東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館」でみることが出来ます。

ゴッホの「ひまわり」と呼ばれる作品は7作品、そのうちの1つ
引用:https://newswitch.jp/p/5787

その後、他の企業でも同様のブームがあり、

大昭和製紙はルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」を119億円、ゴッホの「医師がシェの肖像」を125億円。日本オートポリスはピカソの「ピエレットの婚礼」を75億円で落札していました。

ピカソの「ピエレットの婚礼」
引用:https://www.musey.net/2693/2991

「FF」発売

「ドラクエ」と双璧をなすPPGの名作「ファイナルファンタジー(通称:FF)」も「1987年」に第1作目が発売されました!

おそらく僕ら世代がリアルタイムにプレイしていたのは「Ⅳ」からが一般的かな。

天野さんのアート展も良く開催してましたね。
引用:http://ff1.opatil.com/

1988年

「リクルート事件」

戦後日本で最大の贈収賄事件と言われている「リクルート事件」が発覚したのが、「1988年」です。

事件の概要としては、

リクルートの関連会社であり、未上場の不動産会社、リクルートコスモス社の未公開株が賄賂として譲渡された。贈賄側のリクルート社関係者と、収賄側の政治家や官僚らが逮捕され、政界・官界・マスコミを揺るがす、大スキャンダルとなった。(中略)

江副浩正リクルート社会長が自社の政治的財界的地位を高める目的で、有力政治家、官僚、通信業界有力者にリクルート社の子会社であるリクルート・コスモス社の未公開株を譲渡した。(中略)

中曽根康弘前首相、竹下登首相、宮澤喜一副総理・蔵相、安倍晋太郎自民党幹事長、渡辺美智雄自民党政調会長ら、自民党派閥領袖クラスにもコスモス株が譲渡されていたことが発覚した。

90人を超える政治家がこの株の譲渡を受け、森喜朗は約1億円の売却益を得ていた。時の大蔵大臣である宮澤は衆議院税制問題等に関する調査特別委員会で「秘書が自分の名前を利用した」と釈明した。さらに学界関係者では、政府税制調査会特別委員を務めていた公文俊平にも1万株が譲渡されていたことも判明した。

引用:Wikipedia

未公開株の譲渡者への売却益は合計で約6億円と言われております。

大物議員は逮捕に至らず、国民の間で「政治不信」が残る結果となりました…

リクルート事件とは わかりやすく3分で説明します! | お先にご無礼しました
みなさんは、『リクルート事件』を知っていますか? リクルートとは、就職や住宅情報などを取り扱っていて有名な、あ・・・

こちらのサイトでわかりやすく解説されております。

「ドラクエⅢ」 発売 

引用:https://www.nintendo.co.jp/titles/50010000043038

ゲームソフトの発売として今では考えられない事ですが、発売日にはゲームショップなどの販売店において長蛇の列ができるなど、社会現象にもなりました。


当時の新宿ヨドバシカメラ西口本店前 の行列
引用:https://www.famitsu.com/game/news/2004/11/27/103,1101515841,33888,0,0.html

日本における売り上げ本数は380万本を記録!

前日から並んだ行列が1万人を超える販売店もあったり、文部科学省から「学校を休んで生徒たちがゲームを買いに行かないように」と都道府県の教育委員会に発令するという異例に事態にもなりました。

それくらい当時は、ゲームが一大ブームとなっていました。

1989年

「平成」のはじまり

1989年1月8日から元号が「昭和」から「平成」になりました。

後に首相となる「小渕さん」も、この時は「平成おじさん」として話題になりましたね。

引用:https://www.asahi.com/articles/DA3S13629665.html

平成の名前の由来としては下の通りです。

『史記』五帝本紀の「内(内かに外る)」、『書経(偽古文尚書)』大禹謨の「地(地かに天る)」からで「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味。

引用:Wikipedia

こんな素敵な意味が込められたいたことを知りませんでした。

次の「元号」もどんな名前でどんな意味が込められるのか、今から楽しみですね。

「消費税」施行

いよいよ2019年10月に「8%」から「10%」へと消費税の増税が予定されておりますが、その「消費税」が日本で初めて導入されたのが、この「1989年」の4月1日からです。

そもそもですが、当時消費税が導入された理由は下記の3つと言われています。

  1. 税制全体のバランスをとるため
  2. 個別間接税の問題点を解決するため
  3. 高齢化社会の財源を確保するため

引用:AirREGIマガジン

その理由の中で特にあなたが「?」となるのが、「2.個別間接税の問題点を解決するため」という部分だと思います。

意外と知られていないのですが、消費税が導入される前には「物品税」というものがありました。

簡単に言うと「贅沢品にはたくさん税金を取りますよ。」という税制で、品目毎に税率が決まっていたわけです。

例えば、1984年時点の「物品税」の税率の一部だと、

 ・全自動以外の電気洗濯機 10%
 ・グラフィックイコライザー 15%
 ・録音・録画用磁気テープ 10%
 ・電磁調理器 15%
 ・電気楽器 15%
 ・ビデオディスクプレーヤー 15%
 ・CDプレーヤー 15%
 ・普通乗用車 23%
 ・小型普通乗用車 18.5%
 ・軽普通乗用車 15.5%

引用:なんだかね

僕らの世代からすれば、「贅沢品の税金を高くするは良いことだ!」って事になるでしょうし、2019年10月予定の増税も一部の食料品や生活必需品に軽減税率が適用される予定です。

ですが、当時の日本の状況としては、国民全体の生活水準が上がってきたため、贅沢品に手が届く消費者が増えてきたこと。

そのため、何を基準に贅沢であるのかという線引きが曖昧になってしまい、品目の選定が難しくなっている状況でした。

確かに上の品目でも「これって贅沢品なのか!?」と思う品目が多いですね。

「電気洗濯機」や「電磁調理器」は今では生活必需品ですし、地方などの公共交通機関が充分でない地域では「普通乗用車」がなければ、移動もままなりません。

また問題点としては商品の多様化により、「どれが課税か非課税か?」の問題が頻繁に起こるようになってしまいました。

下記は「Wikipedia」においてまとめてある「物品税」の問題点です。

物品税は課税対象の品目を予めリストアップしておく必要があるが、商品の多様化により、生活必需品か贅沢品かの判定自体が困難なものもあり、奢侈度で税率が異なっていたため、物品税そのものが執行困難性を内包する税制であった。

例えば、物品税法上、レコードは一般的に課税であったが、教育に配慮して童謡と判定されれば非課税であった。このため皆川おさむの「黒ネコのタンゴ」、子門真人の「およげ!たいやきくん」、わらべの「めだかの兄妹」などのレコードについて、課税対象か否かの議論が行われた。「黒ネコのタンゴ」は東京国税局は童謡と判定したものの、他の国税局管内では歌謡曲とみなされ課税されるという不統一が起こった。「およげ!たいやきくん」は童謡と判定され、非課税となった。「めだかの兄妹」はB面曲の「春風の郵便屋さん」が歌謡曲(流行歌)と判定され、B面曲の方が演奏時間が長いため課税対象と判断された。本作を発売したフォーライフ・レコードはこれを不服として東京国税局と交渉したが、結局フォーライフ側が折れる形で物品税を追納することとなった。(中略)

類似製品であるが課税・非課税が異なる問題や、同じ商品でも時代の需要の違いで課税対象となるかどうかが変化する問題もあった。さらに、複数製品で一体をなす製品では、その製品ごとに課税の有無や税率が異なる場合、それらを別売りとするケースも見られた。

また、対象となる物品の範囲、指定のタイミングや税率を巡って、企業側や消費者から不公平感が指摘されることもあった。例えば、真に新しいカテゴリの商品のうちは対象にならず、法令の改正などを経るために、ある程度普及してから課税対象になるため、可処分所得が相対的に少ない世帯は、新商品の入手を一層困難にする結果となる「不公平な問題点」も指摘された。法律自体は変わっていないのに、大蔵省の役人通達によって租税対象を変更したパチンコ球遊器課税事件も発生した。

引用:Wikipedia

というようにさまざまな問題が発生してしまい、この「消費税」導入時に「物品税」は廃止されました。

品目毎に税率を分けることはやはり難しいようで、今後の「軽減税率」についても何かしら問題が起こるかもしれませんね。

1990年

「ちびまる子ちゃん」放送開始

国民的人気アニメの「ちびまる子ちゃん」が1990年1月7日が放送開始されました。

なんと当時の新語・流行語大賞の流行語部門で金賞を獲得しており、放送開始から大人気だったんですね。

引用:https://animeanime.jp/article/2018/12/18/42185.html

作品の舞台や概要は、

1974年から1975年にかけて静岡県清水市(現:静岡県静岡市清水区)の入江地区で少女時代を過ごした作者のさくらももこの投影である小学3年生の「ちびまる子ちゃん」が、家族や友達と共に繰り広げる日常生活を描いたコメディ漫画。

引用:Wikipedia

上記の通りでさくらももこさんの小学生時代の設定なので、僕らの世代には少し古く感じたり、良くわからない内容も多かったように子供の頃は感じていました。

でも僕らの世代は、この「ちびまる子ちゃん」のおかげで「いろんな人がいていいんだな。」と子供心に思っていた印象です。

ちなみに作者のさくらももこさんは1965年生まれで世代で分けると「バブル世代」になりますね。

「スーパーファミコン」発売

僕らに世代が一番やっていたであろうゲーム機!!

「スーパーファミコン」は1990年の11月21日に発売されました。

僕でこの時、5歳になりますので、幼稚園~小学生にかけて、「スーパーファミコン」が全盛期な世代でもあります。

僕の親からは「ゲームは1日1時間まで」と家庭内ルール化されていたのが懐かしいです。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%9F%E3%82%B3%E3%83%B3

1991年

「バブル景気」の終焉?

1991年の2月までが「バブル景気」の期間とされていて、ここが事実的な「バブル景気の終焉」「失われた10年」(最近では「失われた20年」とも言われていますね。)の始まりとされています。

しかし、まだこの時点では「バブル崩壊」は表面化しきっておらず、今後の景気を楽観視している人たちが大半だったみたいです。

「ジュリアナ東京スタイル」ブームに!

現在でも「バブルの象徴」的な位置づけで語られる事が多い「ジュリアナ東京」が、オープンしたのが1991年の5月15日です。

意外かもしれませんが、実は「バブル」が終わった後のムーブメントだったんですね。

この「ジュリアナ東京」の中でも、特にバブルの象徴として語られる事が多いのが、「お立ち台」と呼ばれるステージですね。

今では死語となっている「ワンレン・ボディコン」の女性が扇子を振り回して踊る光景が話題になりました。

引用:https://middle-edge.jp/articles/I0001817

この「ジュリアナ東京」の全盛期は平日でも1,000人を超える集客があり、金土日などは2,000人~3,000人以上にこともままあったみたいです。

しかし、1994年8月31日を最後に閉店。何と約3年間しか営業してなかったんですね!

要因としては、下のように言われており、平成不況の真っただ中での閉店となりました。

客足の落ち込みによる経営不振が閉店の一番の要因であった。マスメディアの偏見報道のみならず一大ブームにおけるエイベックスの『JULIANA’S TOKYO』シリーズのCD売り上げ増加に伴い、付録についている無料入場券でのディスコ初心者の入場者が次第に多数を占めるようになった。それまでと違いミーハーな客層が増えたことによって、純粋なダンスフリークやリスナー、上客であったモデルや常連などは足が遠のいた上、一見の初心者がリピートしないことにより、次第に収益が悪化していった。

さらに、本来ディスコは興味本位ではなく遊び慣れた人間の集まる場所であったのに対し、単に「肌を露出した女性が多い」といった一面的な報道により、下心を抱いた男性が集まってきて雰囲気が壊れ、荒廃していった。1994年に入ってからは、女性の露出度の高さに対し度々警察の指導・捜査が入り、臨時休店・休業が増加したことも経営に悪影響を与えた。

引用:Wikipedia

「イトマン事件」

戦後最大の経済事件と言われている「イトマン事件」!

大阪市にあった繊維商社・伊藤万をめぐって起きた特別背任事件。法外な価格での絵画取引やゴルフ場投資を持ちかけられ、多額の資金が闇社会に流出した。伊藤寿永光、許永中、河村社長は逮捕、有罪判決が下った。

引用:週刊現代

大手都市銀行である「住友銀行」なのに、闇社会にカネをむしり取られてしまった…

当時の「バブル景気」の銀行融資の異常さを物語った事件でもあります。

戦後最大の経済事件「イトマン事件」とは何だったのか?(週刊現代) @moneygendai
地上げに観光開発、絵画売買――。闇社会の住人は、あらゆる手で住銀のカネをむしり取ろうとした。なぜ誰も止められなかったのか、そのすべてが明らかになる。

詳細については、こちらのサイトがおすすめです。

ちなみに僕らの世代の方なら聞いてことはある「イトマンスイミングスクール」の「イトマン」です。(現在は、大手予備校の東進ハイスクールを展開する「ナガセ」が運営)

親世代とは?

ここまで「ミニマムライフ世代」である僕の1歳~6歳までの「幼年期」と呼ばれる頃の時代背景を振り返ってみましたが、いかがでしたか?

ですが、この「幼年期」の時期の価値観や人格形成に大きな影響を与えるのは、「時代背景」よりも「周りの環境」と言われています。

つまりは、養育環境といった「親子関係」が1番影響を与えると言われているんですね。

ちなみに僕の親はこの1985年~1991年は20代後半~30代前半を過ごした「しらけ世代」と呼ばれる世代で、Wikipediaではこのように説明されております。

日本の学生運動が下火になった時期に成人を迎えた、政治的無関心が広まった世代を指す語。1980年代には、世相などに関心が薄く、何においても熱くなりきれずに興が冷めた傍観者のように振る舞う世代を指した。また、真面目な行いをすることが格好悪いと反発する思春期の若者にも適用された。

引用:Wikipedia

現在、僕は30代前半です。

段々とこの「バブル時代」に20代後半~30代前半を過ごしてきた親に言われてきたこと(価値観)にギャップを感じ始めてきています。

例えば、「家は資産になるから早く購入しなさい。」とか「会社は長く勤めれば、お給料があがるから辞めたくても我慢して勤めなさい。」等々…

一概に全てが間違っているわけではありませんが、時代背景が変わっていけば、「価値観」というものは大きく変わっていきます。

今後はどのような時代になっていくのでしょうか…?

このブログが、あなたの職場や周りの「ミニマムライフ世代」の方を知る参考にしていただければ幸いでございます。

ミニマムライフ
スポンサーリンク
たっくをフォローする
スポンサーリンク
たっくのブログ

コメント